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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(ク)272号 決定

抗告人

伊藤博

右代理人

村林隆一

今中利昭

吉村洋

千田適

井原紀昭

松本勉

田村博志

釜田佳孝

主文

本件抗告を却下する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告理由について

戸籍法に定める戸籍は、国民各自の民法上の身分行為及び身分関係を公簿上に明らかにしてこれを一般的に公証する制度であつて、戸籍法が右の身分行為や身分関係上の地位の取得にあたつて氏名を付した届出を要求するとともに、その氏名の選択につき従来からの伝統や社会的便宜を顧慮しながら一定の制限を設けているのも、専ら右の法の趣旨・目的から出たものと解されるから、戸籍上の氏名に関する限り、戸籍法の定めるところに従つて命名しなければならないのは当然であつて、これらの規定かかわりなく氏名を選択し、戸籍上それを公示すべきことを要求しうる一般的な自由ないし権利が国民各自に存在すると解することはできない。他方、戸籍法は、各自が戸籍上の氏名以外の関係でこれと異なる氏名を呼称することを別段禁止してはいないのである。それ故、戸籍法五〇条の規定が子の名につき制限を課していることをもつて個人の氏名選択の自由を制限し、憲法一三条に違反する旨の抗告人の主張は、その前提を欠くから、採用の限りでない。

よつて、本件抗告を不適法として却下し、抗告費用は抗告人に負担させることとし、主文のとおり決定する。

(和田誠一 団藤重光 藤﨑萬里 中村治朗 谷口正孝)

抗告理由

一 「名前」は人が社会生活を営む際のその人の「顔」であり、漢字という文字は日本古来の日本が外国特に西欧・アメリカに誇り得る文化の一つである。日本人は本来かかる意味の漢字を自己の名前として自由に使い得るのであり、漢字をもつて自己の名前とする権利は日本人にとり生れながらに認められた権利である。かかる権利は、憲法第一三条の「幸福追求権」として憲法上保障されている権利なのである。

二 ところで、戸籍法第五〇条は、子の名には常用平易な文字を用いなければならないとし、その常用平易な文字の範囲は命令でこれを定めると規定して、国民が漢字をもつて自由に自己の名前を選択し得る権利を制限している。戸籍法五〇条の立法趣旨は、漢字の種類は非常に多数に及び解読困難な漢字も多数あるため、これを回避するため名前に使用する文字を常用平易なものに限るというものであり、かかる限定を加えることが文化の向上に資するというものである。

しかし、常用平易であるか否かについての明確な基準はなく、同一文字が常用漢字の範囲内とされたり、範囲外とされたりするのである。又、名前として使用できる漢字の範囲を制限することは文化の後退にこそつながれ、全く文化の向上に資することはないのである。

このように、名前の範囲を常用漢字の範囲に限ることは全く合理性を有するものでなく、かかる制限は憲法の保障する幸福追求権を侵害すると言わざるを得ないのである。

三 以上の如く、名前を常用平易な文字(常用漢字)に限る戸籍法第五〇条は憲法に違反し、ひいては「溥」が常用漢字にないことを理由として改名を認めない原決定も憲法に違反すると言わざるを得ないのである。

四 特別抗告人は、約二〇年間に亘つて「溥茂(ひろし)」という通称を使用してきており、改名が認められないと社会生活上著しい不便を強いられること、即時抗告申立書において述べたところである。

よつて、特別抗告の趣旨記載の裁判を求めて本申立に及ぶものである。

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